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C57は“悲劇の証言車”

橋本運動公園展示、52年前に脱線事故 C57は“悲劇の証言車”

42人犠牲、ボランティア献花

 橋本市北馬場の橋本運動公園に展示されている蒸気機関車「C57 110」が、52年前に三重県松阪市の旧国鉄参宮線(現JR紀勢線)の六軒駅で起きた脱線事故に関係していたことがわかり、「鉄道の日」の14日、機関車の補修や清掃を続けているボランティアら約50人が献花し、事故で犠牲になった埼玉県の修学旅行生らの冥福を祈った。

 事故は1956年10月15日夕、六軒駅構内で起き、同県坂戸市東京教育大(現筑波大)付属坂戸高校の生徒が乗った鳥羽行きの下り列車が赤信号を行き過ぎて脱線し、1両目の客車が横転した。そこに、名古屋行きの上り列車を引いていた「C57 110」が乗り上げ、修学旅行生と引率の教諭計27人を含む42人が犠牲になった。

 同機関車は事故後、修理されて伊勢、亀山両機関区(三重県)で使われ、73年に廃車になった。81年からはJR和歌山線の橋本駅西側で公開、94年に現在の場所に移された。その経歴に興味を持った地元の鉄道ファン、森本宏さん(72)が交通科学博物館(大阪市)などで調べ、明らかになった。

 橋本市では、38年6月に橋本尋常高等小学校の修学旅行生らが、岡山県の山陽線での列車脱線転覆事故で犠牲になっており、森本さんは「悲劇の車両が橋本市に展示されているのは不思議な縁。大切に保存しなければ」と黙とうをささげた。また、「のぞみハーモニカクラブ」(沢田敏晴代表)の7人が、坂戸高校の校歌を演奏した。

 こうした様子を聞いた坂戸高校の中村徹校長は、「橋本市民の温かい心に感謝しています」と話した。

橋本運動公園展示、52年前に脱線事故 C57は“悲劇の証言車”より


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