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川越で生まれたブラインドテニスの普及に尽力、松居綾子さん
人・さいたま:川越で生まれたブラインドテニスの普及に尽力、松居綾子さん /埼玉

 ◇「支援の気持ちでなく一緒に…」
 目の不自由なが音を頼りにボールを打ち合うブラインドテニスを「2020年のパラリンピック正式種目にしよう」と国内外を飛び回っている。アジア各国にサポーターを増やそうと、今月25日に名古屋で開かれるテニス大会「アジアベテラン都市対抗大会」では仲間と模範試合を披露してアピールする。

 「自分が障害者を支援してあげようという気持ちだったら続かない。一緒に広めようと思ってやってきた」

 約25年前、川越市の県立盲学校の生徒が発案したこのスポーツ。小粒の鉛を入れたスポンジボールを使い、弾むときに「カラカラ」と鳴る音を頼りにボールの行方を追う。視覚障害の程度によって1~3バウンドまでに打ち返す。▽視覚障害者と健常者が一緒にプレーできる▽視覚障害者でも三次元のスポーツを楽しめる▽ルールはテニスとほとんど同じ--などが魅力だ。

 日本の競技口は約300。約20のクラブがあり、90年から毎年全国大会が開催されている。国内での普及活動の傍ら、06年から海外にも足を運んだ。07年1月に英国、同7月には韓国で講習会をした。その後、両国では大会が開催されるようになり、米国や豪州などにもプレーヤーの輪が広がっている。

 国内での普及が進まず、やめようと思うこともあった。「そんなとき、海外で大きな反響があった。いろんな国のたちが価値を認めてくれたことが励みになった」と振り返る。

 県立盲学校に勤務していたとき、ジュニアのクラブを作った。「障害のある子供は引っ込み思案になりがち。このスポーツを通じ、自立心を養ってくれれば」。教え子たちがパラリンピックの舞台に立つ日が来るのを夢見ている。

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 ■人物略歴

 ◇まつい・あやこ
 日高市在住。千葉大卒。日本視覚ハンディキャップテニス協会とアジアブラインドテニス普及促進協議会の事務局長。小学校教員をした後、夫の転勤で2年間英国へ。現在は県立坂戸ろう学校小学部勤務。47歳。

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テーマ:医療・健康
ジャンル:ニュース
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