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戦国期の木臼  川越、城跡井戸から
戦国期の木臼  川越、城跡井戸から
護符も 儀礼と関係か

 川越市教委は12日、同市下広谷の戦国時代の「大堀(おおほり)山館(やまやかた)跡」の井戸の中から、木製の臼(うす)や護符などを発掘したと発表した。井戸に関する儀礼で埋められたものとみられる。この時代の木製の臼が出土するのは県内初で、全国的にも珍しいという。

 大堀山館跡は、3重に堀と土塁を巡らせた約180メートル四方の城館跡。15世紀後半、河越(川越)城を居城とした扇谷(おうぎがやつ)上杉氏が、勢力争いをしていた山内上杉氏の侵攻を防ぐため築城したとされる。堀などの保存状態が良く、2004年に県指定史跡となった。

 市教委が今年3~5月、本郭の一部で発掘調査したところ、深さ約4メートルの井戸跡の泥の中から、直径約40センチ、高さ約70センチの臼=写真、川越市教委提供=、長さ約4センチの柱状の護符、崩れた桶(おけ)が見つかった。臼には杵(きね)でついたようなくぼみがあることから、日常に使用されたものとみられる。

 護符は招福除災を祈る「蘇民将来符(そみんしょうらいふ)」と呼ばれるもので、表面に「蘇民将来之子孫也」の文字がある。同様の護符が県内で出土したのは騎西城跡(騎西町)、堂地遺跡(川島町)に次いで3例目という。

 井戸の中で発見されたことについて、市教委文化財保護課は「井戸を廃止する際の儀礼として埋められたのではないか。当時の井戸に関する儀礼を考える上で重要な発見」と分析する。

 木製品は腐ってしまい出土例は少ないが、今回の出土品は水分の多い泥に包まれて腐食が進まなかったとみられる。大堀山館跡には未発掘の井戸や堀がまだあるため、市教委は「多くの遺物が残されている可能性が高い」と期待している。

(2008年6月13日 読売新聞)
戦国期の木臼  川越、城跡井戸からより
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